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葉隠徒然日記

日本史のことや興味のあること。とりあえず日々のニュースを徒然っております

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高野山で宿坊!二泊三日の旅

とうとう念願の高野山に行ってきましたぁっ!!

ずーっと止まりたかった宿坊にも泊まれて大満足の旅でしたっ♪

さっそく旅記録をメモ!

羽田発関空行きの飛行機が7:10とめちゃ早だったため、車で羽田まで送ってもらい

いそいそとチェックイン♪

飛行機だと関空まで1時間ちょいだから、離陸したらもう着く~って感じw

関空に8時すぎに到着し、高野山行きのバスまで時間が2時間あるので

関空内の徳兵衛で寿司をぱくり♪

ビールも飲んでしまい、すでにほろ酔い( ´∀` )

11時半に高野山行きのバスに乗ったんですが

紅葉シーズンだったので1時間40分で着くはずが、大渋滞~

3時間くらいかかっちゃいまいた

高野山の大門近くのバス停で降り、まずは1泊目の宿坊「西南院」へ

大門から歩いて5分くらいのとこに、きれいな紅葉があるなー♪と思ってたらそちらが今回の宿坊

入口でお坊さんにお出迎えしてもらい、チェックイン

お部屋は3階にあったんだけど、3人だと狭い感じだったなー

久しぶりにこたつを見てちょっと感動w

お庭もしずかーにライトアップされる感じで、なんだかいい感じ

とりあえず荷物を置かせてもらい、歩いて10分ほどの中門、檀上伽藍、根本大塔へ♪

夜の六時からが食事なので、2時間ほどぶらぶらお散歩

人がいっぱいいて、さすが紅葉シーズン!と、感心してしまいましたぁ

そしてさっそく御朱印を・・・・「ぎゃー!御朱印帳忘れたぁぁぁ!!」と、ここに来て大ショック( ノД`)

でも、高野山でもらわないなんてありえない!と思い、1500円で新しい御朱印帳を買ってしまいました(n*´ω`*n)

高野山は御朱印してくれるお寺がいっぱいあって、もらわないわけにはいかない。。。w

でもって、お参りをして六時に宿坊へ

西南院は大広間でお食事♪

楽しみにしてた精進料理は期待通り( ´∀` )

ビールのことを麦般若とゆーらしく、なんかすてきー♪とプチ興奮

飲めるとは思ってなかったので、テンションUP♪

おいしくお料理をいただきました♪

宿坊は門限が9時、そしてお風呂も9時なので、食後ちょっとだけ散歩しにまたも中門まで歩きました( ´∀` )

8時半に戻ってお風呂へ

ここでショックだったのが、ドライヤーがない(;´∀`)

風邪ひくくらい寒いのにー。そして実際風邪ひくとゆー弱いわたくし。

とまぁ、1日目はこんな感じで終わり10時過ぎにはぐーぐー寝ちゃいました( ´∀` )


2日目、朝六時半から勧業を。。。

が!!!思いっきり寝坊( ノД`)シクシク…

起きたのが7時で間に合わず衝撃(;´Д`)

楽しみの一つだったのにー

まぁ寝坊したもんは仕方ないので7時半からの朝食へ

シンプルな朝ごはんに、日本人いいわ~♪と満足

支度をし荷物を西南院さんに預かってもらい、さっそくお散歩へ

まずは宿坊から1キロ歩いて金剛峯寺へ♪

お坊さんの袈裟を着させてくれるコーナーがあり、そこで着用しちゃいました♪

いろいろお坊さんが高野山での生活なんかを教えてくれ、楽しかったー

そしてこん金剛峯寺の中でやっている阿字観を体験

1時間ほどなんですが、瞑想を「阿ー(あ)」とゆー呼吸とともにやります

前半30分はお坊さんのお話を聞いて、後半30分で部屋を真っ暗にして

ろうそくの光の中でお坊さんの誘導に合わせて「あー」を呼吸とともに行います

わたくし、ヨガやってるのでこうゆーのほんと好き(*ノωノ)

めっちゃいい感じでしたぁ!

阿字観のあとは歩いてすぐのとこにある大使協会へ

こちらで写経をやりました

お持ち帰りは100円ですが、お焚き上げをお願いすると1000円です

きちんとお焚き上げをお願いしよう♪と、1000円で般若心経を書き上げました

おなかがすいてきたので、高野山大学の近くにある吉田屋でコロッケとメンチを買って

これまた近くにあるコンビニのディリーにイートインがあったので

おにぎりとビールを買って簡単にすましちゃいました♪

そして近くにある浜田屋でおいしいごま豆腐をいただきました( ´∀` )

お次はバスに乗って女人堂へ

高野山の入り口にあって、昔は女人禁制だったため女性はここで待つというお堂

御朱印をしてくれる方が「女性を入れなかったのは、お弟子さんたちが集中できないからなんですよ」と言ってました

「私たちが魅力的だからってことね~」と言ったら、お坊さん苦笑い(笑)

中心部へ徒歩で歩く途中

真田昌幸&幸村が九度山に蟄居される前に高野山で預けられていたとされる「蓮華定院」がありました

さらに歩くと徳川家霊台が

中へは入らず、お次はまたも大師会館へ

こちらで授戒をしました

大阿闍梨と一緒に真っ暗なお部屋に入り、お祈りするというもの

蝋燭の光の前に大阿闍梨様が座って、なんだか後光がさしてるようでした

そろそろ5時になりそうだったので、西南院へ預けていた荷物を取りに戻り

お次の宿坊、持明院へてくてくと歩いていきました

ここもすてき。。。。(*ノωノ)

お部屋はこちらのほうが広く、部屋食&お布団も敷いてくれるというサービス♪

歩き疲れたのでお風呂に入り、ドライヤーがあって感激(笑)

お部屋に戻ると早速食事

んーーー、こちらもおいしい~♪

お食事後はほろ酔いの中夜の奥の院へ

いろいろなお墓がある中、最初のほうは燈篭がほんわかしてたんだけど、だんだん真っ暗に・・・・

途中、のぞいてみて自分の姿が見えなければ3年以内に死ぬとゆー恐ろしい井戸がっ

真っ暗の中携帯のライトをかざし、のぞき込んでみましたがライトしか見えず(笑)

肝試しかっw

さらに転んだら3年以内に死ぬとゆー階段もあるしー

真っ暗な中めっちゃ慎重に歩きました

明日の明るい時も奥の院行くから、その時また井戸をのぞこうと心に決めたわたくしでした

ちなみに空を見上げると、真っ暗な高野杉が

なんだか、怖いけど、神聖な雰囲気

こーして門限9時のため途中でUターンして宿坊へ

お布団も敷いてあり、ぐっすり寝ました( ´∀` )

三日目の朝は六時半に起床し、7時からの勤行へ

お坊さんの読経を聞きながら30分手を合わせ焼香をしました

説法みたいなのあるのかな?と思ってたんだけど、特になかったです

朝食もお部屋で

おかゆがすごいおいしかったぁー

持明院には八十八か所回りという、四国八十八か所の砂を集めたスポットがあり

朝食後、プチ八十八か所巡りをしましたw

その後荷物を持明院に預けて奥の院へ!

朝の八時半に到着し、一の橋からゆっくり歩きました

ここっていろんな人のお墓があって、なんか不思議w

なんで織田信長のがここにあるんだ?とかw

でも、奥の院の雰囲気はほんといい

空気が澄んでる!

昨日の夜のぞいた井戸に再度チャレンジしましたが、今度はちゃんと自分の姿が見れました♪

まだ3年は死なないな( ̄▽ ̄)

奥の院は空海の霊廟までけっこーー歩きます

が、苦じゃないくらい綺麗だし、気持ちがいい♪

10時半に奥の院に到着し、ここで空海の朝食をお坊さんが霊廟までもっていくという儀式をみましたー

霊廟入口からは写真撮影NGなんですが、みんなけっこー撮ってたなぁw

善人には軽く思えるという石があるんですが、めちゃくちゃ重くて持てませんでしたよww

わたくしそんな悪人じゃないはずなのに( ´∀` )

霊廟はくるりと一周できるんですが、お遍路さんのお礼参りがとても多く

思わず一人の年配の方に「どれだけ時間かけて回りました??」って聞いたら

「実は車で回っちゃったんだよねー!わははー」と笑ってましたww

お昼は観光バスなんかがいっぱいいるドライブインの場所があるので

そこで麦般若をともにまたも精進料理♪

で、めっちゃ素敵だった高野山におさらばとなりました

帰りは電車で関空へ向かったけど

ケーブルカーがめっちゃ急ですごいw

途中に九度山があったので、思わずちょっと寄ろうよ!となりましたぁ

が!月曜日だったので真田ミュージアムもやっておらず

真田庵(真田幸村が蟄居となり、大坂の陣に向かうまで14年住んでたお寺)が

歩いて10分くらいなので向かいました

でもここでちょいショックだったのが、このお寺の住職さんの考え方。。。

なんつーか、観光客ウェルカムムードがゼロ。。。

御朱印ももらえず、帰ってきました

電車の時間が1時間後だったので、まぁいっか

とはいえ、行きはバスだったから楽ちんだったけど

帰りは遠いし乗り換え多いし、疲れまくりましたw

ほんとは堺で仁徳天皇陵も見たかったんですが、体力が。。。w

帰りの関空でもなぜかお寿司を食べ、日本酒飲んだら気持ち悪くなり、ちょっと買えりがダメダメでしたw

でも、高野山はいい!

ほんといい!

宿坊サイコー!

旅館みたいだし、お風呂が温泉じゃないってのと、門限があるってのが旅館との違いかなー

あと、お部屋に鍵がないw

お坊さんが給仕してたりするのが新鮮!

今回は二泊三日もできて、ほんと贅沢でした( ´∀` )
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日本のお城の基本あれこれ~

いやー、城、いいですよねぇー ( ´∀` )

わたくしめも、城巡り大好きでございます♪

そんな自分用城巡りお勉強のためちょっとここで城についての基本のキをまとめておこうと思いましたでございます♪

お城用語

・天守・・・戦国時代は物見や武器庫として使われてたけど、江戸時代になって戦がなくなってからは、城主ズの「権威の象徴」

・櫓(やぐら)・・・物見から発展した建物。攻撃と防衛の重要なとこ。最初は矢を置いてたので「矢倉」だったらしい

・本丸(ほんまる)・・・城を構築する中でめっちゃ重要な場所。お城の中心

・二の丸(にのまる)・・・本丸の次に主要な曲輪・本丸への敵の侵入を防ぐように配置されてる

・三の丸(さんのまる)・・・二の丸の次に主要な曲輪。武家屋敷が建てられているとこが多い

・土塁(どるい)・・・土で盛り上げた堤防、壁。縄張りの一番外側に作って敵の侵入を防ぐ

・堀(ほり)・・・水をいれたり、土を掘っただけの空堀もある。

・縄張(なわばり)・・・縄を張って土地の堺目とか建物の位置を示したものが縄張

・曲輪(くるわ)・・・お城を守るために積んだ囲いのこと。囲まれた場所をも意味する

・大天守(だいてんしゅ)・・・そのお城の天守の中で最大の天守のこと

・通し柱(とうしばしら)・・・二階建て以上の建物で、土台から軒まで継ぎ目なしで一本の木材で通した柱。

・月見櫓(つきみやぐら)・・・お月見をするために建てられた櫓♪松本城と岡山城に現存してる。優雅~( ´∀` )

・辰巳附櫓(たつみつけやぐら)・・・天守に付属する櫓。辰巳(南東)の方向に建つのでこう呼ばれた

・天守台・・・土塁や石垣で天守の基礎になる高台

・出城(でじろ)・・・本城の防御のために、弱点となりそうな場所に作った守り用の城。有名なのは真田丸

・惣構(そうがまえ)・・・お城の主郭の外側に城下町を築き、その城下町全体を石垣や堀で囲った大規模なお城。日本では兵庫県の有岡城が惣構

・虎口(こぐち)・・・城や城内の曲輪の出入り口のこと。防御のために小さく作ったので「小口」から虎口になった


ところで、わたくしが個人的に記憶に残ってるのが「小谷城」

織田信長に攻められた浅井長政の山城で、跡地なんだけど、なんだろ?うすら寂しいというか、

なぜか「諸行無常」という言葉を思い浮かべてしまったお城でありました



福岡県赤村に卑弥呼のお墓!?

人口3000人もいない九州は福岡県田川郡赤村において、古墳が発見されました。

これがもしかしたらもしかして卑弥呼のお墓じゃないのー?ということになっております。ドキドキ

見つけたのがなんと一般男性によるグーグルアースでの発見ってのもびっくり

わたくしもたまーにグーグルアースを見ますが、いきなり地元で古墳らしきものを見つけたら

びっくりするだろうなぁー

九州では200メートル以上の古墳は無いんだけど、今回発見された古墳は450メートル

仁徳天皇の525メートルに迫る勢い

円墳にあたる直径は150メートルなんだけど

議事倭人伝に書かれている卑弥呼のお墓とされている150メートルと一緒

こりゃーもしかしたらもしかしちゃうかもしれないですヨ

今まで邪馬台国は畿内か?北九州か?という論争があったけれども

現在のところ畿内説が有利だったんですよねー

奈良県にある箸墓古墳が卑弥呼のお墓じゃないの?という説が強かったんですが

これっていう証拠もなく、論争は続いているのであります。

ちなみにこの論争は江戸時代から始まっていて、新井白石は畿内説だったんだけど、のちに九州説に変更

本居宣長は九州説

でもって、明治になると東京大学の教授が九州説、京都大学の教授が畿内説を説いて

東大VS京大でずーっと続いてたのであります。

今回の巨大古墳の発見によって、とうとう邪馬台国の秘密が暴かれるかと思うと、

歴史好きにはたまらんくらいドキドキっすねー!!

上高地キレー( ´∀` )

GWに上高地に行ってきました♪

自家用車では入れないので、バス乗り場付近にある駐車場に車を置いて

タクシーかバスで向かいます

4人だったのでタクシーのほうが安かったので、大正池まで3500円で乗りました

ちなみに河童橋までだと4500円

んで、大正池で降りて河童橋までの4キロの山道をハイキング

これがやっばい気持ちいいコース!

途中、野生の猿が出てきたりと、景色はきれいだわ、サルを間近で見れるわ、楽しすぎー

てかね、梓川今まで見た川の中でいっちばんきれいだった

色もエメラルドグリーンぽくて、白い石がまわりにあって映える映える

インスタあんまやってないけど、思わず写しちゃったよってくらい、きれい

透明度といい、今まで見た川の中でNO1でした

ほんとにきれいで癒された上高地ハイキングでした( ´∀` )

猿島&戦艦三笠

初めて猿島に行ってきましたっ!

朝10:30の猿島行きの船に乗るべく9時過ぎにおうちを出発!

三笠公園の隣にある駐車場に車を置いて、乗船料&入園料合計1500円をお支払いし

10分ほど船にのって無人島・猿島へ

けっこう人が並んでてびっくりしました

土曜日だからかな?

今まで2回ほど猿島にチャレンジしてたんだけど、二回とも波が荒くてNG

やっと今回いけましたっ

猿島は明治の要塞があって、なんとなく雰囲気がラピュタに似てるってゆーので

インスタとかで人気があるみたいですね~

ちなみに200円でガイドをお願いすると、通常じゃ行けない建物とかに入れるみたいですが

わたくしたちは10名ほどで行ったので、今回はスルー

だいたい1時間あれば1周できます

愛のトンネルとゆーちょっとヘンテコなネーミングのトンネルがあり

苔もたくさん壁に生えてて、なんかムーディ( ´∀` )

ただ、苔に落書きがめっちゃ多くて、それが残念

帰りの船は毎時間45分なので、ちょーど1時間15分ほど島に滞在してお散歩しましたぁ

降りた後はすぐ横にある戦艦三笠へ

500円の入場料を払い、たんまり堪能しました♪

以前はなかったVRとかプレステのゲームがありました♪

子供よろこびそうw

三笠を堪能した後は10分ほど歩いてどぶ板へ

どぶ板では津波という横須賀バーガーのお店でランチ

以前も行ったことあるんだけど、今回は行列が出きてました

ハニーバーガーも同じくらいの行列!

わたくしは津波で「第七艦隊バーガー」5200円にチャレンジしたかったので、はりきって津波へw

超特大バーガーを4人でシェアして食べまくりましたっ

そのほかにも海軍カレーやチェリーチーズケーキといった横須賀の有名3つのグルメが堪能できますw

チェリーチーズケーキも食べたけど、おいしかったなぁ~

もちっと外国人サイズかと思ったけど、意外に小さめw

こーしてモリモリご飯も食べて、猿島でラピュタ体験もして一日を終えましたっ♪

修善寺と韮山反射炉( ´∀` )

とりあえず温泉で上げ膳据え膳やらしてくれーー!!!と急遽思い立ったワタクシ

じゃらんで空いてるとこ探しまくって「〇久旅館」を見っけました

1名2万ほどのお宿で、金曜日仕事を早退し、車でGO!

全部で29室ほどのこじんまりとしたお宿で、和の香りがぷんぷん♪

お風呂も無料で貸し切りが3つほどあり、全部4階にあったのですが

お部屋もちょーど4階だったので、マイルームにあるかのようにお風呂三昧しました♪

お食事もボリュームあって、きれいに出されて、満足♪

ほんきのほんきでまったりしましたぁ~

翌日、竹林の小径をお散歩

お宿から修善寺まで10分ほど歩きました

途中、新井旅館があって、こりゃまた文化財のお宿らしく、古いんだけど素敵

次は泊まってみたいなぁー

修善寺でお参りしたんだけど、お寺の手水がお湯なの!あったかーい( ´∀` )

修善寺を出発して韮山反射炉へ

これがまた、世界遺産になってからすごいことにww

今まで整備されてなかったのに、駐車場とかめっさきれい!

反射炉のお隣には資料館なるものが出来ていて、驚きましたぁ

その後、箱根の関所まで車を走らせ、なんかすきーな、あの関所の人形を見てお江戸を偲びました♪

箱根の関所は小田原の役人さんが1か月交代で勤務していたらしいんだけど、

冬とかやばそう

すっごいさむいだろうなあー

そんなこんなで今回は修善寺&韮山反射炉&箱根の関所の歴史旅でしたぁ( ´∀` )

写仏



はまってますww

写仏する仏像の解説やプチ豆知識なんかもあります♪

心を落ち着かせるには写仏がおすすめ!!

百年法



なんだか近未来、こーゆー時代が来そうだよぅ

若い肉体のままで100年生きられるという法律ができ、

人間は病気をしなくなり、百年生きる手術をしない人は「老化人間」と呼ばれ珍しい存在になっていく

てゆか、わたくしは、老いたいと思った

あちこち痛いーとか出てきて、いつまでも若くいたいと思うけど

それでもやっぱり、100年たったら死ににターミナルへ行くのは嫌だし、怖い

まぁラストはこうなるだろうなって展開だったけど、

倫理観の問題でいろいろ考えちゃう本でしたぁ

ぼぎわんが、来る



久々に怖い本だったぁ(´;ω;`)

当時、「リング」を読んだで、その後映画化したとき、

やっぱ映像も怖いけど、文字って想像力をかきたてるから怖いなぁって思ってたんだけど

これもそうなりそうな予感

もちろん映像も怖いんだけど、文字ってすごい恐怖が伝わる

あー、こわかったぁー

谷崎潤一郎はパニック障害だなぁ

谷崎潤一郎の「恐怖」という短編小説があるんですが、

これが思いっきりパニック障害の症状でびっくり!!

まずは抜粋!

友達のN―――さんの話に依ると、私の此の病気―――ほんとうに今想い出しても嫌な、不愉快な、そうして忌ま忌ましい、馬鹿々々しい此の病気は、Eisenbahnkrankheit(鉄道病)と名づける神経病の一種だろうと云う。鉄道病と云っても、私の取り憑かれた奴は、よく世間の婦人にあるような、船ふね車くるまの酔えいとか眩暈めまいとか云うのとは、全く異なった苦悩と恐怖とを感ずるのである。汽車へ乗り込むや否や、ピーと汽笛が鳴って車輪ががたん、がたんと動き出すか出さないうちに、私の体からだ中に瀰漫びまんして居る血管の脈搏みゃくはくは、さながら強烈なアルコールの刺戟を受けた時の如く、一挙に脳天へ向って奔騰し始め、冷汗がだくだくと肌に湧いて、手足が悪寒おかんに襲われたように顫えて来る。若し其の時に何等か応急の手あてを施さなければ、血が、体中の総ての血が、悉く頸から上の狭い堅い圓い部分―――脳髄へ充満して来て、無理に息を吹き込んだ風船玉のように、いつ何時なんどき頭蓋骨が破裂しないとも限らない。そうなっても、汽車は一向平気で、素晴らしい活力を以て、鉄路の上を真ッしぐらに走って行く。―――人間一人の命なんかどうなっても構わないと云うように、煙突から噴火山のような煤煙を爆発させ、轟々ごう/\と冷酷な豪胆な呻りを挙げて、真暗なトンネルをくゞったり、長い長い剣難けんのんな鉄橋を渡ったり、川を越え野を跨またぎ森を繞めぐりながら、一刻の猶豫もなく走って行く。乗合いの客達も、至極のんきな風をして、新聞を読み、煙草を吹かし、うたゝ寝を貪り、又は珍らしそうに眼まぐるしく展開して行く室外の景色を眺めて居る。
「誰れか己を助けてくれエ! 己は今脳充血をおこして死にそうなんだ。」
私は蒼い顔をして、断末魔だんまつまのような忙せわしない息遣いきづかいをしつゝ、心の中でこう叫んで見る。そうして、洗面所へ駈け込んで頭から冷水を浴びせるやら、窓枠にしがみ着いて地団太じだんだを蹈むやら、一生懸命に死に物狂いに暴れ廻る。
どうかすると、少しも早く汽車を逃れ出たい一心で、拳固から血の出るのも知らずに車室の羽目板をどんどん叩きつけ、牢獄へ打ぶち込こまれた罪人のように騒ぎ出す。果ては、アワヤ進行中の扉を開けて飛び降りをしそうになったり、夢中で非常報知器へ手をかけそうになったりする。それでも、どうにか斯うにか次ぎの停車場まで持ち堪こたえて、這々ほう/\の体ていでプラットフォームから改札口へ歩いて行く自分の姿の哀れさみじめさ。戸外へ出れば、おかしい程即座に動悸が静まって、不安の影が一枚一枚と剥がされて了う。
私の此の病気は、勿論汽車へ乗って居る時ばかりとは限らない。電車、自動車、劇場―――凡て、物に驚き易くなった神経を脅迫するに足る刺戟の強い運動、色彩、雑沓に遭遇すれば、いついかなる処でも突発するのを常とした。しかし、電車だの劇場だのは、恐ろしくなると直すぐに戸外へ逃げ出す事が出来るだけ、それだけ汽車程自分を Madness の境界きょうがいへ導きはしなかった。
其の病気が、いつの間にか自分の体へブリ返して居る事を心付いたのは、六月の初め、京都の街の電車に揺られた時であった。私は当分、汽車へ乗る事を絶対に断念して、病気の自然に治癒する迄、東京へは帰れないとあきらめて了った。そうして、是非共此の夏中に受けなければならない徴兵検査ちょうへいけんさを、何処か京都の近在で、汽車へ乗らないでも済む所で受けたいものだと思った

「潤一郎ラビリンス※(ローマ数字1、1-13-21)――初期短編集」中公文庫、中央公論社
   1998(平成10)年5月18日初版発行


この短編読んでびっくりしました

ってゆーのも、わたくしもこの「鉄道病」ってのになったからです

忘れもしない33歳の夏(´;ω;`)ウゥ

多分仕事でめっさストレスたまってたのと、いっろいろなことが重なってたんだと思う

原因がまったくわかんなくってすごい辛かったんだよなぁ

性格的にがつがつしてないし、ゆるいタイプなので、メンタルは強いほうだと思ってたわたくし

自分は弱くないから、絶対心療内科とかは無縁♪って思ってたのが悪かったのかも( ノД`)


ある日通勤の東海道線の中で、吐き気がきたのね

たぶん、前の日に飲みすぎ。。。てかただの二日酔いだから自業自得( ノД`)

その時が戸塚ー横浜間の13分とゆーめっちゃ長い時間

満員電車で吐き気を我慢しながら「ながい。。。ここで吐いたら一生の恥や」

なんとか次の駅で降りたんだけど、「電車乗ってる間ながいなぁ。何か起きたらどうにもならんじゃん」

この時、よくわからん恐怖とゆーか変な焦りがやってきて、あれ?どした自分?と、、、

なんてのかな「閉じ込められた」とゆーか、「あ、今ここで具合悪くなって倒れたら恥ずかしい」とか

色んな思いがごっちゃになって、今まで気にしたことがない「こわい」とゆ思いが出てきました

その日を境に、なぜか東海道線の横浜ー戸塚間(乗ってる時間が13分と長い)だけ、気持ち悪くなってくるよーに

でもパニック障害なんて言葉も知らなかったから、なんだ?自分どうした??!ってずーっと思ってて

そんな通勤の日々が一か月くらい続いて、だんだん強迫観念がでまくってきた
「ここでおかしくなったらどうしよう・・・」そんな思いばっかり(´;ω;`)
「電車に乗ってるのが怖いんだけど」なんて、人に言えなかったなぁー

たぶん、ぱんぱんだったんだと思う、、心がね

で、とある日の朝、戸塚で電車の扉が閉まった瞬間「次の横浜まで13分、出られない!」って思ったとき

ものすごーーーーいい恐怖と、あと動悸と変な息切れがきて、

ぶっちゃけ、このまま発狂するんじゃないかってくらいの恐怖感

わたくしの精神の何かがはじけてもーた( ノД`)

も、まさに谷崎潤一郎の気持ちがわかりまくって、ほんと小説読んでてびびったぁ

今は薬とかあるけど、当時彼がやったことは

「禁酒をしたり、冷水摩擦をしたり、健脳丸けんのうがんを呑んだりして」

って、その時代にも「健脳丸」といった、すごい名前のお薬はあったんですねぇー

いやー、それにしても久々に思い出してしまったパニック障害の恐怖( ノД`)シクシク…

もう十年以上前なのに、いまだに薬飲んでますからねぇ、ながいわぁー(;'∀')


ちなみにわたくし、十年以上神奈川県から東京までえぶりでー電車通勤してましたが

とうとう去年辞めましたw

電車が嫌いってのも、転職したかなりの理由にはいっとります

だって、毎日薬とか飲んで電車耐えるんだもん( ノД`)つかれちったさー

今まで谷崎っていったら痴人の愛とかちょっとした「へむたい」やーんって思ってたけど

デリケートな人なのね♪と、少し親近感( ´∀` )w

谷崎を知りたい人は作品を読むのはもちろんだけど、桐野夏生の「デンジャラス」とゆー小説がおすすめw

とってもわかりやすく谷崎一家のことが描いてあります( ´∀` )

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ハガクレ

  • Author:ハガクレ
  • 「歴史」「和風」と名のつくものが大好きなハガクレでございます。

    忘れっぽいのがタマにキズなので、自己管理(?)の意味も込めてブログってます♪よろしゅう

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